2014/06/21

何の意味もない文字の羅列を投下するテスト

本日のお品書き

1. 前置き -性善説と性悪説-
2. 読む価値すらない散文めいた文字の羅列

※寝る子さんはあっちこっちに気が移るので一つの話題を十分に考え尽くさないまま,他を当たる可能性があります。

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少しどうでもいい話,性善説と性悪説では
人間の本性をそれぞれ善であるとするか,悪であるとするかの違いではある。
しかし,だからと言って「放っておいても構わない」とか
「安易に信用してはならない」という意味ではない。
性善説においては「人間の本性は善であるが,悪に偏らないようにするべきである」と説かれているし,
性悪説においては「人間の本性は悪なので,教育して善にもっていく必要がある」と説いている。
つまるところ,重要なのは仮定した上でどうするか,事実を知った上でどうするかなのだろう。

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この社会はディストピアであると仮定しよう。
成果を生み出すまでにかけた時間が,その人の評価であるという価値観に囚われた昨今,
そのような考えが通じないとしても,新しい価値観への適応は拒まれる。
古い価値観がいつまでも居座り,真に見るべきものを見失った現在。
精神の病は気合で治せるとか心が弱いなどと断じ,理解しようとしないことは罪である。

このような社会において,楽園を見出す人は幸いである。
彼らはいかにして楽園へと至るか,その術を知っているのだから。
最も,敬虔なものは天の国へと至るというその思想に,傲慢を感じるのは幻覚であろう。
人はみな等しく,常世(とこよ)と称される死後の世界へと導かれるべきである。
そこに貴賎も区別もなかろうに。
不徳な者が地獄に落ちるとは,詭弁である。
誰も彼も,既にこのディストピアに生まれ落ちているのだから,さらにどこへ落ちようというのか。
この地の底であろうか?

神の声が聞こえないとすれば,それは我々の知らない言葉だからであろう。
あるいは神は不在か死んだと論じるか。
無意味に,何度でも繰り返されるそれは永劫回帰と呼ばれるが,
その中で自らの確立した意思を持つ者は超人と呼ばれる。

いと高き空におられる至高の存在を寄辺とし,
それが失われたならば,代わりに超人を求める。
つまるところ,人の宿命とは,かくありき。

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