2014/12/10

#イマジナリー熊野

0.

イマジナリー熊野は私の罪

1.

2014年9月1日,艦これにおいて"4-3 リランカ島空襲"を攻略している最中のことであった。
ボスがいるマスの直前において,艦隊は決して軽くはない被害を受けた。
よく覚えていないが,具体的には熊野が大破していたと記憶している。
大破している艦娘をそのまま進撃させれば轟沈は(ダメコンは積んでいないとすれば)回避できない。
それゆえ,撤退を選ぶことが懸命であった。
確かその時は,応用情報技術者試験の参考書を読みながら操作していたと記憶している。
それ故なのかそうではないのか,今となってはもうどうでもいいことではあるが,明らかな操作ミスを犯した。
すなわち進撃を選択したのである。

案の定,というのは不適切な表現であるが,熊野は戦艦ル級の一撃により轟沈した。
これまで誰一人として轟沈を出してこなかった私の初めての轟沈であった。

当時のことを思い出すと,何故そうなったのかと目の前の現実を受け入れられなかった記憶がある。
原因としては,熊野が大破していながら進撃を選んだことなのであるが,では何故進撃を選んだのか。
この時ばかりは,偶然,「追撃せず」「夜戦突入」の並びと「進撃」「撤退」の並びは同じ撤退を意味するもの同士で同じ側になかったことを失念していたように思う。

しかしながら,どれほど後悔しても熊野が轟沈したという事実は変わらず,私はおそらくは受け入れられない事実を目の前に突きつけられた多くの人間が取るであろう行動をとった。
つまりは,熊野という幻影を作り出して,それと会話するという行為である。
それが後々"イマジナリー熊野"と名付けられたそれの誕生であった。

1.5.

イマジナリー熊野の誕生に関して,鈴谷×熊野なるカップリングは一切関与していない。
イマジナリー熊野の誕生は,私の操作ミスによって彼女を轟沈させたことが原因である。

2.

イマジナリー熊野を艦これの二次創作として採用しようと考えた経緯についてはよく覚えていない。
そもそも艦これ二次創作に手を出そうと至った経緯が,おそらくは他の二次創作作者各位の作品を見て触発されたためだったと記憶している。
そんなわけで,イマジナリー熊野を題材として作ってみたものの,今にして振り返れば満足できる出来ではない。

イマジナリー熊野に関しては,いくらかの変質があった。
はじめは,私の罪としてのイマジナリー熊野だったが,やがて神栖麗奈のような現象としての側面を私が見出した。
あるいは熊野の轟沈を受け入れることができなかった鈴谷が,提督を通して見ている存在だっただろうか。
ただ,いくらかの変質を経由したところで,根本は変わらない。
すなわち,イマジナリー熊野とは私の罪である。
彼女の存在こそが私の罰なのである。
これは揺るぎようのない真実であると考えている。

3.

2014年11月17日,艦これをやる気力がいくらか失われていた私は,気が向いたという程度の理由ではあったが,艦これにログインし,艦隊を編成し,リランカ島空襲を再び攻略するべく出撃した。
結論から言えば,この作戦は無事成功することが出来た。
すなわち,これによりイマジナリー熊野にまつわるものの精算を終えることが出来たと考えている。
それを私は,"イマジナリー熊野の死"と表現した。
彼女を二度殺した私は,おそらく重罪人として死罪に処されるべきであろう。

熊野は二度死んだ。
一度目は艦娘として。
二度目は偶像として。
そしてイマジナリー熊野が死んだとした私は,後に残る虚しさを感じるのであった。
たしか,私がイマジナリー熊野に変わる偶像であると認識したのはこの頃だったか。
よく覚えていないが,おそらく燃え尽きに似た状況であったと思う。
その状況を表す適切な言葉を探していた私は,きっと自分自身もまた死んだと表現したのだろう。
勢いで遺影アイコンを仕立てあげたのも,この頃だったと思うが,定かではない。

4.

結局のところ,イマジナリー熊野を殺すことはかなわず,今でも私は彼女を追いかけている。
いつか,イマジナリー熊野のリファレンスデータと呼べるものを作り上げたいと思うものの,
それが出来上がるのはいつであろうか?

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