2015/08/23

センスとアイデンティティ

私がまだ高専の学生をやっていた頃,センスと努力という話を聞いた覚えがあります。例え話としてはカニが水槽の底から水面へと浮上しようという時,元々持っているセンスで上がれる分があるものの,それに追加で努力でどれだけ上に上がれるかという話だったと思います。要はセンスと努力の合計がアウトプットにつながるという話だったように記憶しています。ここでいうセンスとは先天的に持っている素質のことでありましょう。そこに努力を積んでどこまでいけるか,そのような話なのでしょう。人は生まれながらにして不平等であることは周知の事実であり,また生まれながらにして持っているセンスに差があることもまた然りです。一方でセンスは後から身につけることが出来るという話もあるため,一体センスとは何であるか,議論は紛糾しているわけではありませんが紛糾しているのかもしれません。

ところで,私は「努力は報われる」という話が好きではありません。それは何故かと言いますと,長期的な目で見れば努力を重ねた成果というのは本人が意図しなかった方向で報われる可能性もありましょうが,努力すれば何でもできるという万能説が嫌いだからであります。ある日言われたこととして「勉強しても結果が出ないならやり方を間違っている」という話がありまして,ただ努力すればいいという話でもなさそうです。

それはともかくとして,後から身につけられるセンスって努力の範囲なのではないでしょうか。

悲しいことに,私は設計のセンスがないという自覚を持っています。回路とかフレームとかです。おそらく実現したい機能は思いつきますがそれを実現するための形が描けないのです。そんな反面プログラムは実現したい機能は規則に従って文字列で表せばいいのでやりやすいと思ったりします。たぶん文字にはできるんですが図にはできない,抽象的な何かが足りないという話なのだと思いました。

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アイデンティティとは,私が私であるという確信を持つための拠り所であると,倫理の時間に学ぶように思います。すなわち私は何者であるかという問に対する答えでありましょう。これは人の営み,関わりあいの中で漠然と持つものなのだろうと思います。私は私であるという自己完結しているものでもいいでしょう。神がそういう存在であるがために神即自然と言ったスピノザさんは無神論に展開される恐れを持たれたそうですが。神は自己完結する存在であり,それはつまり原因であり結果である。生み出すものであり消費するものである。ならば神は自然(あらゆるもの全て)である。と言ったらしいです。一神教の神は唯一絶対の存在であって,神は神という存在であるとしたそれとは対立するんでしょうな。神はあらゆるものだと言われると,一個の存在にはなれない。

さて,アイデンティティとは人が個の集まりであることを示す概念であると思われますが,私が私であるための先天的な要素って何でしょうね。名前や見た目は後天的に得られたものです。後から変えることが出来ます。遺伝子は確かに先天的な要素と言えるように思いますし,ユニークなものですが,見方を変えれば遺伝子があればコピーが出来るということになります。つまりクローンです。オリジナルとクローンは別の存在として扱うことが一般的な方針であり,認識であると思いますが,それではオリジナルとクローンを別の存在として扱う理由は何でしょうか。同じ遺伝子を持つ別個の存在の間にある違いとは何でありましょうか。
という話は哲学で何やかんやと論じられている感があります。

この話は副次的に生まれた話なので,私が気にしていることについて話題を変えましょう。
私は何者なのでしょうかね。特に何か突出した才能があるわけではない。平凡,あるいは人間の屑を自称しておりますが,これはありふれたものですし,重複がひどい。よく衝突を起こすハッシュ関数みたいものです。
そんなわけで,私は思うのです。私ができることは誰でもできることであろうから,私がアピールできるポイントとは何なのであろうかと。誰でもできることをアピールしたとして,それはアピールとしての意味を成すのであろうか?今の就職活動は売り手市場とはよく言ったもので,元々どういう意味で言われたのかよく分かりませんが,売り手たる学生がアピールしないと選んでもらえないのです。マーケティングと同じです。良い品物は宣伝しなくても買い手が選んでくれるという時期は終わりを告げました。これからは選んでもらうために宣伝しなければならないのです。買い手が選んでくれるような宣伝をしなければなりません。では,これを就職活動で考えた時,どうすれば選んでくれるのでしょうか。人と違うことが欲しいですね。例えばサークル活動のリーダーを務めたとか。ボランティア活動に参加したとか。デモ活動の先頭に立ったとか。……何だか数十人に一人の人材を求めて企業が取り合っている感じがしますね。でも大きく見ればそういうことなのかなあと思ったりします。
つまりアピールポイントが何なのか分からないし,私ができることは大体の人ができることなのだからアピールしたところで意味ないんじゃないかなあ。

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手書き書類とか言う現代社会において無駄な労力を強いていると思う何か。

2015/08/22

懺悔「うまくいった人の模倣をすればうまくいくと思っていた」

人間社会,いや精神の多様性というのはままならないもので,生まれながらにして決められた性別の通りに精神も決まるとは言えないようです。難しいですね。

そんな8月も下旬に入ったところでこんばんは。
書類選考や筆記試験は通過しても一次面接で落とされる常連の寝る子です。
これを書いている時間帯が夕方なのでこんばんはで何も問題はない。

肉体は男だけど精神は女,あるいはその逆という事例が存在することは周知の事実でありますが,ある日突然御告げが降りました。
「男性器切ればみんな一緒」
なるほど。男性器が諸悪の根源という方針です。諸悪の根源を取り除けば男も女も関係ないとの御告げです。非常に革新的な発想なので私自身感心しています。

……ところで,一説では「性的な書き込みを繰り返す人は心で涙を流している」という書き込みを見かけました。すなわちそのような人はいわゆる人間社会,インターネットから離れたリアル,現実に疲れているのだと言います。いや本当にそうなのでしょうか。現実では周囲の目や世間体があるために発散できない抑圧された欲求がインターネットという匿名が本人の心がけと性善説によって保証されている前提の上に立っている世界で発散されているという可能性が考えられるのではと愚考する次第です。結局のところは同じですが。かく言う私もとあるアニメのテロリスト(作中ではペロリストを名乗っている)のように突然男性器を意味する語句を叫びたいと思うことは……ありません。せめて「にゃーん」ぐらいです。
話は変わってしまいますが,この「にゃーん」という言葉は非常に利便性の高い単語であると思われます。この「にゃーん」という時間にして1秒か2秒ほど,文字にすれば全角4文字,音節で考えれば……どう区切ればいいのか分からないのでやめておきましょう。ともかくこの一言で今叫びたい全てを集約することが出来ます。にゃーん。

話は二転三転してしまって非常に申し訳なく,しかも言いたいことと書いて本題と読む何かについてはとっくに書いてしまったので,テレビで見た話をしましょう。
その番組では人生どこかで失敗した人が,その時のことを振り返りながら教訓を学ぶという番組でしたが,そこで歴史上の人物の失敗について学ぶ段階になってアインシュタインが出ました。アインシュタインといえば光電効果,光量子仮説でノーベル賞をもらったことが相対性理論とあわせて有名であります。いや光電効果の話なんでノーブラ水着並に知られていない話ですけども。まあともかくアインシュタインとノーベル賞とノーブラ水着の3つをつなぐ架け橋が光電効果なんですね。実はアインシュタインは「若い女の子のパンツが大好きな変態天才科学者」だったらしい。そんな彼は結婚について次のような格言を残したと言います。
男は女に変わらないことを求める。
女は男に変わることを求める。
お互いの要求が噛み合わないので失望することは避けられない。
番組での解釈はこうです。
男は女に永遠に若い時の姿でいてほしいと求める。
女は男に自分にとって都合のいい人間になってほしいと求める。
お互いの要求が噛み合わないので失望することは避けられない。
まとめ:若い女の子が好きならホルマリン漬けにすればいいじゃない みつを

性的な書き込みをしている人は心で涙を流しているとか疲れているとかそんなことは些細な話なので御社内定下さい。あと本稿の主題は「男性器切ればみんな一緒」の部分です。

2015/08/19

近況報告 (2)

寝る子の4泊5日,インターネット(スマートフォンでは使えるけどノートPCでは)使えない旅も折り返しを迎えました。本日で3日目でございます。私の不手際もあって明日は終日フリーですが,明後日の御社説明会案件を終えたら新幹線でさっと帰ろうかと思います。夜行バスで安価にしようかなーとも思いましたが,正直部屋についたらくたびれて寝るのは新幹線でも夜行バスでも変わらないので,それだったら日をまたがないで済む新幹線で帰ろうかと思ったわけです。それに,父親から言われたように最寄り駅まで着いたらタクシー使ってもいい気がしてきました。最寄り駅から10分程度の道でタクシーを使うとは何事かと言われそうですが。
今日はエンジニア派遣会社の説明会を受けてきましたが,説明をはじめる前に隣の人と1分間自己紹介してから「今欲しいもの」を言うみたいなアイスブレイクをやれと言われました。昨日の御社は初っ端にアイスブレイクという名目のグループワーク(各自が持っているカードを公開しちゃいけないが口頭で伝えるのはOKなタイプ)とは大違いです。昨日の御社案件については割愛しますが,本日の御社案件では,会社説明する人(たぶん人事やってるんだろう)が自称ミリオタらしく,サバゲーが趣味で今欲しい物は新作のエアガンと例を示していました。私は名前と大学と専攻と研究テーマについて喋った後で欲しいものをどうしようかなあと思ったんですが素直に「内定がほしい」って言いました。内定欲しいです。御社~内定をくだされ~。

ところで,技術者って何なのでしょう。本日の御社では前に見たエンジニア派遣会社と同じように「エンジニアになりたい人は必見」みたいな感じでした。別の言い方をすると「生涯を通してずっと現役のエンジニアとしてあることを約束します」みたいな感じです。ただ,各社の言うエンジニア,日本語では技術者が該当しますが,これは設立当初のメンバーの思想もあるためか,設計開発をやる人という意味合いが非常に濃いです。設計開発という職種についてよく分からなかったのですが,要するに設計して試作品を作って評価してまた設計する,いわば商品が販売されるまでのフローにおける
    企画→(設計←→試作)→量産→販売→点検・保守
で言うところの括弧で括った部分(設計←→試作)のようです。
誰かが「将来,設計開発以外にも手を広げることはあるか」と質問して「ない」って言われてましたが,要はそういうことです。設立メンバーが元々設計開発をしたいという理由から立てた会社なのと,他の会社に外注するとすればその部分ぐらいしかない(量産は子会社に任せればできる)みたいな都合があわさった結果そうなってるんだろうなあとか思います。
話を戻すと,設計を専門に受け持つ会社ってのはたくさんあります。その一方で,技術者派遣会社とかエンジニア派遣会社と呼ばれるのは,設計を受け持つことがお仕事で,それをやる人たちのことを技術者と呼んでいるので「うちは技術者集団です」と言っているような気がする。いや見方を変えればエンジニアあるいは技術者と呼ばれる広い領域の中で,ほんの一部分を指してそう呼んでいるだけなのかもしれない。これを書いている時にそう思った。

悲しいことに私は設計のセンスがないことを自覚している。あるいは派遣系の会社は「生涯ずっとエンジニア」みたいなことを言って合同説明会で業務内容を喋らないので,そのところが印象悪い。私以外の話をすると「派遣」という形態について忌避感を持っている人がいる。一般に言われる派遣とエンジニア派遣会社の派遣とは形態が違うのだけれど,それでも派遣会社という名前が持つ変なイメージが拭えない。つまりどういうことかと言うと,私は設計が苦手なので,そのセンスを磨けばどうにかなるのかなーという話。結局技術者ってどういう属性なのか,どういう職業なのかについては全く結論付けることなく終わってしまった。
何の方向性を持つこともなく,ただ思いついたことをつらつらと書くとこういうことになってしまうので気をつけよう。

ちなみに,昨日の御社案件では終盤に自己紹介をする時間があったので,てきとうに作ったスライドでつらつらと喋ったのだけれど,聞いている側が全くもって「興味なさそう」だった点については,特に方向性を決めないままに羅列した項目を喋ったせいなのではないかという可能性が思い当たる。あるいは私の辿ってきた経歴に,興味を抱くようなものの一切が存在しなかった可能性がある。

ああ,死にたい。

近況報告

先日というか盆明け早々に就職活動のために再び上京しました。
が,泊まったホテルでインターネットが使えない(おそらく持っているノートPCではWEPがひろえない)ので,泣く泣くインターネットが必要になったらネットカフェに駆け込んでいる。
そんなわけで,つらくなって書いた日記が以下である。

はちがつ じゅうしちにち げつようび ごご しちじ さんじっぷん

8月に入り,就職活動が本格化したのか果たして終盤戦を迎えているのかもうよく分からない。というか本格化することと終盤戦を迎えたことは独立なので並立する。そして期間が変わっても尚,早い人は早く,遅い人は遅い。これは就職活動というビジネスが存在する以上,原理的に存在しうる事実である。その一方で,私はこれまでにいくつもの選考を経たんですね。すごいね。でもね,これだけは確かに言えることがあります。いわゆるたった1つの変わらないものってやつです。

3月から就職活動初めて8月以前に選考をはじめた企業も受けてきたけれど,現在内定ゼロです。御社雇って。

寝る子だよ。その祈られぶりから社会不適合者の呼び名もあるよ。就職活動やっててそっちに気力を削られているせいで就職活動のことしかブログに書けません。後輩からも同期からも心配されていますが,私は元気です。生きているという意味では元気だけど精神的に参っているせいか寝ても回復しないよ。やったぜ。ついでに英論文の査読が来たからとせっせと書いていながら最後の最後でどうすればいいのかわからなくなって教授にぶん投げて返答がきたものの,その後の返信が確認できてないよ。怖いね。ちなみに今日が査読への回答と原稿の修正の締切だったよ。

就活,盆休み,就活のコンボが決まったのでアパートには12日間(うち2日間は東京-新潟間の移動日)は不在の計算になります。4月に8日間ほど東京に滞在していてアパートに不在だった頃よりも長い。

閑話休題,これの使い方があっているのかわからないがとりあえず使ってみる。

いま私がブログに投稿しようとしている(君がこれを読んでいる時には既に投稿したということになるのだけれど)記事を書いているのはホテルの室内である。安いしシングルなので,トイレと風呂(シャワー室)が共同という点は許容しようと思って泊まったホテルではインターネットが使えないのだった。
正確には使えるのだが,フロントに書かれた情報と,スマートフォンで確認した結果からこのように推測した。
・おそらく家庭用ルータ
・暗号化の方法はWEP(パスワードが5文字だった)
・スマートフォンではつながる(アンテナ2本とか)だけどPCではつながらない(アンテナ1本orそれ未満)なので,たぶんそういうこと

泣いている。
仕方ないのでスマートフォンで何とかしようと思う。ダメならネットカフェに行く。

終わりに,ドクターに逃げるという手も使えると言われているので,いよいよD進なる手段に手を染めようかと考えているんだけど,ドクターに行くことについて教授は歓迎してくれる。でも学生側が歓迎してくれるというより「雑用が分散される喜び」「頼れる先輩が残ってくれる喜び」「あなたがいなければこのグループ(研究テーマ)はおしまいです」と言っている。私はそんなお前ら(学生側)に嫌気が差している。一時期は「俺がもう少し残ってお前らをもっとましなレベルにあげないと俺がいなくなった後がつらそう」と思うことはあったけれど,よくよく考えるとそこまでする義理が存在しなかった。寝る子かしこい。
そんなわけで,つらみしか残っていません。
かしこ。